okubo_sugaku’s diary

オオクボス〜ガクです。

私は鬱持ち摂食障害です。後編

そんなこんなで29キロから脱した私は、まだガリガリだけど退院

だいぶ食事も受け付けるようになってきた。

 

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[二度目の退院後、横浜にて]

 

その後、心の療養にいいだろうと、栃木の母方の祖母の家で2人暮らしをする事に。

野菜料理をいっぱい作ってくれる祖母。ログハウスと猫と大好きな木々に囲まれ、前向きだった

 

しかし、35キロくらいになった途端、また私は体重の増加を恐れるようになってしまったのだ…!

 

またしても訪れる、拒食脳。恐ろしい

長風呂、毎日ヨガと筋トレ、炭水化物を避け、油や塩分に拘り怖がり、おばあちゃんを振り回してしまった。(勿論、物理的にではなくてね…)

 

またバイトを始め、さらにバイトを増やし掛け持ちをした。

コンビニ店員と知り合い花屋での労働は、痩せた私には言わずもがなフラフラだが、迷惑をかけたくなく、大丈夫なフリをした。

 

太りそうという間違った謎理論から、勝手に抗うつ剤をやめた。

夜どんなに辛くても、筋トレとヨガに1時間以上かけた。

 

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【歪んだ摂食脳により、細いか太いかさえ分からなくなっている。太いかもとすら思っている】

 

そして、当たり前のように体重は落ちていった。

 

またしても30キロ。

ママの元に帰った時、突然堰を切ったように辛さが溢れ出し、泣いた。

 

「もう何も頑張りたくない…」

 

バイトも運動脅迫も、鬱も、しんどくて堪らなくて、何もかもやめたかった

そして、自分から再び入院の話を持ちかけた

 

3度目の入院。さすがに、看護師は皆顔見知りで、仲良しだった。(何回来んねんコイツby看護師)

でも、摂食障害の人が入院を繰り返すことは、全く珍しくないのさ。ボサノバッ

 

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初めて点滴をされた。痛いし邪魔だし正直面倒であった。

 

しかし、今回の入院は、全てが落ち着いていた。

顔見知りの看護師、慣れた環境、病棟内友達付き合いも、食事も、頑張りすぎずマイペースにこなした。

 

3度目の入院は、訳あって1ヶ月で幕を閉じた

時は2018年の7月終わりである。

この時にはだいぶ食べられるようになっていた。

 

退院後は家族の家で、ひたすら自粛生活をし、31キロほどから、40キロまで増やした。

12月、誕生日近くだった。

 

生理が止まった体重になったため、ヨッシャァと思い、産婦人科ホルモン剤をばもらう

しかしこれが、悲しくも体質に合わず…

むくみに浮腫んで顔は50キロの時くらいパンパンに。足が太くなり、食欲が増し、脂肪がついた

体が女らしくなろうとしていたのだろう

 

短期間で5キロ増えた

 

私は内心ほぼ発狂していた

(待って待ってーー!!!心の準備と、体の変化が追いつかない!!!!デブ!!デブ!!!!痩せなきゃ痩せなきゃ痩せなきゃ痩せなきゃ)

って。

 

ホルモン剤のこともあり、私は過食期(フェーズ2)へと進む

しかし太りたくない。

私のフェーズ2はとても短い期間で、2019年2月頃、すぐにフェーズ3に移行した。

 

その後、私は今の学校に入学した。

以上が、私の学校前の空白の2年間の実態である。

 

現在もまだフェーズ3に悩まされ、私は日々、摂食障害と戦っている。

ちなみに体重は42キロちょいが動きやすいので、そこをキープすることが当面の目標だ。

 

 

摂食障害は、非常に厄介な難病だ。

私は鬱から拒食になったけれど、ただダイエットをしていた人が、ちょっとした事から摂食障害に移行する場合も少なくない。

 

この世界(日本や韓国中国に多い)には、たくさんこの病と戦ってる人がいる。

日本辺りの、女の子に対する痩せ信仰とは恐ろしい

 

摂食障害は、母親との関係性にも大きく左右されるらしい。

私は、ママが鬱で放ったらかしにされている時期があった。ママが不安でしかたなかった。

 

痩せ続けた時も、30キロになった時も、ママは本当に心配してくれた。

当時私は赤ちゃんに戻ったかのような安心感を得た。

摂食障害は、みんなどこかで、母の胎児の中に戻りたいような、子供の頃に戻りたいような気持ちがあるのかもしれない。

 

摂食障害は、ただのダイエットでも甘えでもない。

精神病なのだ。

摂食障害者は、なにか、心に傷がある。必ず

だからこそ、ただのダイエットで済むことなく、病気という形に陥ってしまう。

 

私はまだ、体型に囚われている。

私達にとって、体型は自己肯定感に比例するから。

他人の体型≠その人の価値 なのに

自分の事だと上手くいかないのだ。

 

でも、拒食(フェーズ1)の、ガリガリ骨皮スネ夫には戻りたくない事は、確かな気持ちだ

 

フェーズ3は一番抜け出しにくい厄介な状態だ。

まだ私は、フェーズ3の中でもがき苦しんでいる。

しかし、這いずりながら、カメレオンくらい少しずつ前に進んでいる。

少し戻って、進んで、少し戻って、進んで…(カメレオンの様に)

 

この病気に完治はない。鬱も、摂食障害も。

寛解しかない。

脳に刷り込まれた摂食脳は、消える事はないだろう。

 

「いつか笑ってなんでも食べられるようになるといいね!」

と人はよく言う。

正直、想像できない。

 

何故なら、私は摂食障 "でした" ではなく、

摂食障害 "です" だからだ。

寛解は程遠いのは、もう分かってる。

でも、カメレオンでもいいから、フェーズ3が長くてもしょうがないから

 

寛解を諦めない!

 

それを胸に、少しずつ病気と上手に付き合っていきたいと思う。

 

私はみんなに言いたい。

 

そのダイエット、自分に合ってる?

辛くない?心が

自分の自己肯定感はどこにある?

 

自分が弱っていて、自信がない時、

痩せ信仰に崇拝して、極端なダイエットをする事が、どんなに危険か

知ってもらいたかった

もう誰にも、こんな難病にかかって欲しくない

 

この世に、多くの摂食障害者がいる。

身近な人が、実はすごく食事を恐れているかもしれない。

体型を気にして、鬱になっているかも

 

そんな時に無神経な言葉が、相手を傷つけ、悪化させることもある。

気をつけよう!!

分からない時は何も言わない方がいい。

「食べるの少なくない?」すら、ストレスになるから。

気をつけよう!!(大事なことだから2回)

 

 

長々と書いてしまってごめんなさい。

別に、こんなに苦しいんだから私を腫れものの様に扱えー!!!

と言いたいわけではなくて、

 

序章に戻ると、暇だったので、経緯を文に起こして自分の中で整理整頓したかった。

あわよくば、これ以上、摂食障害になる人が、少しでも減りますようにとも、思っているけど

 

とにかく私は、前向きに生きていきます。

寛解が遠くても、他人から完全な理解が得られなくても、ダメな時があっても、遠い "いつか" を信じて

 

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笑って生きていきたい。